COLLABORATION with 2Pac
and Sly & the Family Stone

TATRAS COLLABORATION 2021

TTRS SS21 with 2Pac and Sly & the Family Stone

TATRASが現代に届けたい
チャレンジし続けることをテーマにした
スペシャルコレクションをリリースしました。

社会問題として根深い人種差別と戦った世代の違う2組のアーティスト2PacとSly & the Family Stoneをフィーチャー。

黒人公民権運動が盛んであったアメリカで人種混成のバンドとしてファンクミュージックを通して平等性を発信しました。一方で2Pacは黒人差別をアーティストとして発信しました。

彼らのチャレンジは並大抵のものではありませんが、今回のコレクションを通してチャレンジし続けることの大事さを今一度見つめ直してほしいと考えます。希望に満ちた世の中にするために。

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2Pac

2パック(2Pac /本名トゥパック・アマル・シャクール(Tupac Amaru Shakur)は、アメリカ合衆国のヒップホップMC、俳優。 ニューヨーク市マンハッタン区ハーレム地区出⾝、アフリカン・アメリカン。幼少期をブロンクスで過ごし、1991年、「MCニューヨーク」というMCネームでデジタル・アンダーグラウンド(DigitalUnderground)の⼀員として「Same Song」でレコード・デビューしました。その後「2パカリプス・ナウ」で2パックとしてソロデビューを開始します。

1992年には近代ブラックムービー「ジュース」に出演、俳優としても成功し、注⽬されました。その後は、⼤ヒットアルバム『オール・アイズ・オン・ミー』を発表後、獄中で読んだ本で出会ったイタリアの政治思想家マキャベリに感銘を受け、⾃⾝のアーティスト名を「マキャベリ(MakaveliThe Don Killuminati)」と改名しました。

1996年9⽉7⽇、ラスベガスで友⼈でもあるマイク・タイソンのファイトを観戦後、横付けされたキャディラックからの銃弾を4発被弾し、同⽉13⽇死亡。25歳没。ノトーリアス・B.I.G.と並び、アメリカ東⻄海岸ヒップホップ抗争の犠牲者と⾔われています。また、死後も多数の未発表⾳源が発掘され、現在も新しいCDがリリースされています。エミネムを始めとして、現在でも多くのアーティストに影響を与え続けている伝説のラッパーの⼀⼈です。

Sly & the Family Stone

1960年代後半〜70年代前半、激動期のアメリカで、⼈種やファンク〜ロックという⾳楽ジャンルの壁を越えて、社会に対するメッセージ性の⾼い作品を数多く発表しました。

中⼼メンバーのスライ・ストーン(1943年⽣まれ/本名:シルヴェスター・スチュワート)は1950年代から活動を始め、1966年にスライ&ザ・ファミリー・ストーンを結成。1967年にデビューし、「ウッドストック」(1969年)や「ワイト島フェスティバル」(1970年)など歴史的なコンサートにも出演しました。

⼈種混合のファンク・バンドという当時としては異⾊のスタイルで、「ベトナム戦争」「⿊⼈の⼈権問題」「家族の荒廃」などアメリカ社会のシリアスなテーマに挑み続け、「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック」「サンキュー」などのヒット曲を⽣み出しました。

また、『スタンド!』(1969年)や『暴動(There‘s Riot Goin’ On)』(1971年)などオリジナル・アルバムでは名盤として⾼く評価されており、ジミ・ヘンドリックスやジェームス・ブラウン、マイルス・デイビスら同世代のミュージシャンたちと共鳴しながらファンク・ミュージックを⼤きく進化させたと⾔われています。